押見修造まとめ

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【ネタバレ】押見修造の「血の轍」6話【考察】

4回も読んだら確信に気付いた

コンビニに寄ったら、まだスペリオールが置いてありました。

スペリオール11号には、押見修造の「血の轍」6話目が掲載されています。

既に立ち読みで3回くらい読んでいますが、改めて読みました。

 

そんな6話目の個人的解釈を、

今回はブログに書かせて頂きます。

 

ネタバレあるので注意です。

今回の記事は、留年とは関係ありません。

 

なぜ突き落とした

6話で起きたこと、それは

「静子ママがしげちゃんを突き落とした」という事件です。

漫画「血の轍」で起きた初の事件です。

目の当たりにした静一がパニックに陥る描写が印象的でした。

落とす脈絡が掴めず、読んでるこっちも困惑しました。

 

「救助」から一転、「殺害」に心変わり

逆に、前回の第5話では、

静子ママが崖で落ちそうになるしげちゃんを助けていました。

「救助」から一転して「殺害」に心変わりをした原因は一体何なのでしょうか。

 

原因と考えられるのは、

その間にある従弟しげちゃんの言動です。

 

「過保護」というキーワード

しげちゃんは静子ママに助けられた際に、

照れ隠し?から、静子ママに対して「過保護」という言葉で挑発しました。

これが静子ママの心変わりの原因になった言動だと考えられます。

  

「過保護」は、作中でしげちゃんや親戚によって繰り返されてきた言葉です。

「繰り返される言葉は重要」

これは国語の授業で勉強しました

 

「過保護」はタイトルの「血の轍」の別の言い方でもあるのではないでしょうか

 

轍は「わだち」と読みます。(自分はこの漫画で初めて読んだ)

意味は、車輪の通った跡、だそうです。

 

つまり「血の車輪の通った跡」という意味になるんですが、

ぶっちゃけ本当の意味は分かりません。

 

個人的には、

血縁?親子の絆?親の愛情?へその緒?

そこらへんのイメージとして解釈しています。

 

「過保護」という言葉にキレたのか??

原因の言葉が「過保護」だとして、

では静子ママはそれに対して何の感情を抱いたのか、というのはポイントです。

 

殺害をするほどの動機は、一般的に考えられるのは、

「憎悪」か「快楽」のどちらかです。

 

しげちゃんを突き落とした後のママの顔は、

複雑な顔をしていましたが、描写としては、笑顔でした。

 

その笑顔から「怒り」は見えません。

サイコパスの「恍惚」とも違う顔です。

 

殺害後の笑顔の意味

静一くんビビリまくってましたね(笑)

 

自分としては、あの顔は

「安堵」とか「喜び」とか「優しさ」が入り混じった

ポジティブな顔だと解釈しました。

 

殺したのではない、送り出したのだ

ちょっと大胆ですが、

しげちゃんを崖からの突き落としたママの行為は、

「親が子供を社会に送り出す」ことを象徴した行為なのではないか、とみています。

 

つまり、あの時のママの心理にあったのは、

挑発的な言葉に対する「怒り」ではなく、

むしろ「過保護」というしげちゃんの注意を素直に受け止めた結果として、

「外に出ていく子を見送る」という「愛情」があったのではないだろうか、

というのが個人的な解釈です。

 

「行ってらっしゃい、しげちゃん」

子供が旅立つ日、見送る親はどんな顔をするでしょうか。

悲しい気持ちと、喜ぶ気持ちと、入り混じった複雑な表情になると思います。

それがあの見開きのママの顔です。

 

周囲に描かれたヒント

突き落とす際、しげちゃんと静子ママの周囲で蝶が舞っています。

この蝶の「羽ばたき」は、

「子供の旅立ち」=「子供を送り出す」ことを示すヒントなのではないでしょうか。

 

死んだ猫の意味

血の轍で、たびたび死んだ猫が描かれています。

これは何の意味を指しているのでしょうか。

 

これは、簡潔に言えば、保護と解放のメタファーだと考えています。

それはつまり、こういうことです。

 

普通、猫は外に出ると危ないので、家に閉じ込められています。

飼い主に「保護」されています。

 

猫は「外に出たい」と感じています。

でも飼い主は危ないので出せません。

 

同情心から猫を外に出すとどうなるか?

世の中を知らない家猫はすぐ車に引かれて死んでしまいます。

 

猫を子供に置き換えると、

血の轍のテーマが浮かんでくると思いませんか?

 

出たがってたから、出してあげた

静子ママの思考プロセスは、家猫を家から出すときと同じです。

「過保護」という言葉を受け止めて、

子供の自立を尊重した結果が、あの突き放しだったのです。

 

でもママからすると、家から出した猫が「すぐに死ぬとは思わなかった」のです。

しげちゃんを送り出した後の顔と、気付いた後の顔が全く違うのはそういう訳です。

 

以上、個人的解釈でした

それにしても押見修造さんはすごい文学的な絵を描きますね。

人間の複雑怪奇な感情が表現されていて、一筋縄では理解できません。

 

 

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